「母校を思う  国立キャンパスの自然を教育現場として活用」田中政彦(昭35経)

田中政彦(昭35経)

三年前から一橋植樹会の仕事をお手伝いしているなかで、キャンパス百年の森の歴史と一橋人の係わり合いについて、深い関心を持ち続けて参りました。最近では、大学が二年前に策定した国立キャンパス緑地基本計画のもと地道な環境整備が行われており、キャンパスは荒廃の淵から甦りつつあります。兼松講堂を鬱蒼と覆っていたヒマラヤスギの一部は伐採され、跡地にサクラが植栽されました。講堂は堂々と輝いて見えます。また陸上競技グラウンド横のひょうたん池には昨年からカルガモが棲みつき、今年は渡り鳥であるマガモが飛来し越冬しようとしております。驚くことに魚影も見られるようになりました。

この活動をサポートする一橋植樹会は皆さんの温かいご支援で会員数も三八〇名に増え、卒業生・教職員・学生達の交流の場としても定着しつつあります。また環境整備のボランティア作業を通じ、徐々にではありますが、昔のキャンパスの意図するところが見えて参りました。

大学の広報誌「HQ」第六号で国立キャンパス緑地基本計画が初めて特集され、関係者の関心の高まりを期待しておりましたが、いまでも問題提起等の声は余り聞こえてきません。とくに先生方には植樹会、ひいては大学キャンパスへの関心をもっと強くもって頂きたいと思います。二月末現在、植樹会会員三八〇名中、先生方は僅か一一名に過ぎません。

本学のキャンパスは、緑豊かな広大な敷地のなかに諸施設がゆったりと配置されており、先生方や学生の皆さんは普段余り意識されていないと思いますが、わが国の大学のなかでもっとも恵まれた自然環境にあるといえるでしょう。

大学進学希望者数が定員を下回る「二〇〇七年問題」や国立大学法人化など、大学運営の厳しい課題が山積しているなかで、「緑豊かなキャンパスの自然」を単に教育環境として捉えるのではなく、この貴重なキャンパスを教材として活用し、特色のある研究や教育を実現することを、いま一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。

勿論いままでも、学生の体育の授業や部活動、そして大学人や市民の散策の場として、なくてはならない存在でした。まことに、学問の殿堂として一橋アカデミズムをはぐくんだ思索の森であり、数多くの人材を輩出した揺り籠でもあったのです。

二一世紀に入り経済のグローバル化が劇的に展開するなか、いまや資源の枯渇問題や温暖化現象など、地球規模で人類生存のための環境対策が求められる時代になりました。人類社会のサスティナビリティー(持続可能性)が焦眉の課題になっています。社会科学や人文科学といえどもこれらの問題抜きでは論じられなくなっているといっても過言ではありません。この問題を意識した大学の研究成果や提案におおいに期待して参りたいと思います。

今年二月一八、一九日の二日にわたりNHKで放映された「気候大異変」は、地球温暖化がもたらすと思われる二一世紀後半の深刻な諸問題を訴えておりました。それらのデータは地球シミュレータセンターのスーパーコンピューターから得られたものです。一橋大学経済研究所はセンターを運用する海洋研究開発機構と平成一六年から「地球まるごと経済シミュレーション」の共同研究をすすめていると聞いております。

緑と土に触れる機会の少ない学生たちにとって、キャンパスはまたとない環境教育の実践の場ではないでしょうか。最近、里山フォーラムや植林研修などが自然を学ぶ方策として広がりを見せています。国立キャンパスこそ、いわゆるフィールド研修や研究の場として活用できるはずです。昔は初等教育の場として「学校林」が活用されておりましたが、今では見捨てられてしまいました。一方国立キャンパスはしっかりと残っております。大学でもカリキュラムや制度面を含めて大いに議論を進めて欲しいと思います。

一橋の恵まれた自然環境のなかで四季折々の日常の風景に触れながら、実践体験を活かした研究や教育がさらに充実していくことを願ってやみません。自然科学の豊かな教養に裏打ちされた社会科学や人文科学の学問の殿堂になって欲しいと夢見ています。時代の先端をゆく研究やビジネスが峻厳であればあるほど、奥行きの深い人間性が問われる時代だと思います。

(一橋植樹会会長代行)