「誰が駒鳥を紅く染めたか-Who made Robin Red?」一橋大学大学院商学研究科生物学教室 教授 筒井泉雄
紅燃ゆる。遠目に背の高い生け垣を見て思った。新芽が燃えるように炎を放ち、火炎土器のように燃え上がる。紅要黐(ベニカナメモチ or セイヨウカナメモチ:レッドロビン: Red robin)である。新芽の紅は成長にともない消えてゆき、深緑の葉となる。
ここで言うRobin、駒鳥である。駒鳥の名から、有名な童謡が思い浮かぶ。マザーグース。源歌は14世紀頃。15世紀に建てられたグロスターの教会のステンドグラスに原詩がある、マザーグースはこう謡う(拙訳御無礼)、
Who killed Cock Robin? 誰が駒鳥、殺したの?
I, said the Sparrow, 私なの、と雀が言った
With my bow and arrow, 私の弓と、私の矢
I killed Cock Robin. 私が駒鳥、殺したの
導入部分は如何にもミステリアスで、あまた文学作品に用いられている。最も有名なのは、ハリントン・ヘクスト(イーデン・フィルポッツ)の「誰が駒鳥を殺したか? Who killed Cock Robin?」。直球勝負の題名。萩尾望都も「小鳥の巣」で引用している。この歌の最後の方で、
Who'll sing a psalm? 誰が讃美歌、歌います?
I, said the Thrush, 私なの、と鶫(ツグミ)が言った
As she sat on a bush, 藪のまにまに、鎮座して
I'll sing a psalm. 私が讃美歌、歌います
とある。この藪が Red Robin (ベニカナメモチ)ではないか? もしそうであるなら、、見事な縁。と、一人悦にいっていた。
而して、このRed Robin、バラ科要黐属/常緑小高木。学名をPhotinia × fraseri 'Red Robin'という。日本自生のカナメモチ(Photinia glabra)とオオカナメモチ(Photinia serrulata)の交雑種。誕生は米国。英名:Red Robin Photinia, Christmas berry。
成る程、交配種であれば、マザーグースとは無関係。では交雑種でないカナメモチの可能性は? しかしながら、嗚呼。あにはからんや。カナメモチはアジアの暖かい気候に育まれた種で、日本からインドにかけての温帯が原産地であり、この藪とはなり得ない。事実は奇ならず。
もう少し深く調べてみよう。名の由来のPhotinia(フォティニア)はギリシャ語のphoteinos(輝く)が語源。たしかに新芽は常に燃えるように紅く、浴びる陽光をあまねく照り返している。適度に湿りを必要とするところが、日本の風土に合うとみえ、昨今生け垣として増殖中。もっとも生け垣として使われるのは、交配による不稔性も手伝っている。交配し、誕生させた種が子孫を残せない現象が不稔性で、ライガー(Lion × Tiger)やレオポン(Leopard × Lion)等が子孫を残せなかったのは有名な例。不稔性によって野放図な生け垣でも、広範囲浸食に伴う野生化をしない。
Red Robin が含まれる、カナメモチとオオカナメモチとの交雑種には以下の7つがあり、
Photinia × fraseri (P. glabra × P. serrulata), Red Tip Photinia
Photinia × fraseri "Camilvy“
Photinia × fraseri "Curly Fantasy“
Photinia × fraseri "Red Robin“ , probably the most widely planted of all
Photinia × fraseri "Little Red Robin“, a plant similar to "Red Robin", dwarf 2-3ft
Photinia × fraseri "Super Hedger“ , a newer hybrid with strong upright growth
Photinia × fraseri "Pink Marble"(TM), a new cultivar with rose-pink tinted
交雑後の特徴から、種々、曰くありげな愛称が付けられている。Red Robin はその1つ。
だが、記憶を想起させた、粋な名Red Robin とはいったい? ベニカナメモチが、何故、紅い駒鳥と相成ったのであろうか。藪の謎は解けたが、新たな謎が残る。
まずは「紅色の研究」。
名の由来の新芽の紅である。紅い葉が芽吹き、成長とともに深緑に変わってゆく。このプロセスは、紅葉と逆であるらしいことには、すぐに気がつく。落葉広葉樹の多くは紅葉、または黄葉し葉を落とす。ひとまず、この落葉の彩りの変化をみてみよう。
植物の緑葉には、元来、緑の色素である葉緑素(クロロフィル)と黄色い色素であるカロチノイド、ルチンなどが含まれている。秋になり、気温が下がると、木々は葉と枝の間に離層を形成し水や養分を断ち、葉のクロロフィルはやがて壊れ緑色が消えてゆく。イチョウ等、黄葉する木々では、結果としてカロテノイド等の黄色が優勢になり黄葉する。バナナもしかり。その昔は、バナナを食べて高揚したものだが、バナナはバナナで黄葉していたわけである。
他方、カエデ等、紅葉する木々では様子が違っている。離層形成、クロロフィル分解とともに、葉の中に残された糖分が、アントシアニジンと反応して、紅い色素アントシアニンに変わる。結果、紅葉となる。
このアントシアニン、紫イモや、紫キャベツの紫色の正体でもある。ただし、植物が、落ちてゆく葉の中に、何故アントシアニンを作るかは、未だ定かではない。アントシアニンの原料となる糖は、昼間に生産され、夜間アントシアニンの合成に使われる。気温が下がらないと、この糖は昼間に代謝消費されてしまい、色素合成には回らない。
近年、紅葉が鮮やかでなくなってきているのは、冷え込みが厳しくなくなったことにあるとされている。木々の鮮やかな紅葉には、晴天と寒気が必要なのである。国立キャンパスでも、紅葉の色付きは千差万別で、放射冷却が強いと思われるところでは、紅がことさら鮮やかである。周りをぐるりとご覧じあれ。
紅葉することの逆回しのように思われる Red Robin の紅い新葉。念のため、新芽から色素を抽出し確認してみた。確かに紅い色素はアントシアニンである。クロロフィルもわずかであるが認められた。紅葉と同じである。紅葉から緑葉へ、推察されるように、逆回し上映である。見事なからくり。
Red は紅葉と判明。ただし、紅葉の紅色が何のために必要かがわかっていないのと同様、芽生えたRed Robin の燃え上がる紅の炎も今のところ謎である。
紅色の謎の次は、「駒鳥」の謎、、、
Robin を紐解くと、通称:Robin、学名:Erithacus rubecula、ヨーロッパコマドリ。ヒタキ科ツグミ亜科。コマドリと同じ大きさで、羽色も似る。上面が緑褐色、顔から胸が紅く、腹は白い。英国国鳥、とある。成程。
学名は、遅れて18世紀。リンネの銘々法によって決まる。属名Erithacusは「紅い小鳥」を意味するギリシャ語。種小名:rubeculaはそのラテン語(世界大百科事典 改訂版、30巻、平凡社、2006年)。朱鷺(Nipponia Nippin)と同様の繰り返し銘々である。
ヨーロッパコマドリは、その紅い胸の外見から、かつて「紅い胸:レッドブレスト」(redbreast) と呼ばれていた。15世紀に至り、「種前に人名を当てる」流行にならい、「ロビン・レッドブレスト」(Robin redbreast) と呼ばれるようになり、やがて名が一人歩き(Lack, David, The Life of the Robin., 1953, Penguin Books)し、「Robin」はヨーロッパコマドリとなる。
本題の Red Robin、木の上部、新芽の部分の紅い色を、胸の上部に紅をもつ「駒鳥」に例えて名付けられている。かくて、ベニカナメモチは紅いヨーロッパコマドリ(Red Robin)となる。あにはからんや、ヨーロッパコマドリである。はてさて。
だが御安心召されよ。救いは意外なところに。このヨーロッパコマドリは欧文学作品の日本への紹介に伴い、音韻上「コマドリ」「駒鳥」と訳されることとなる。ここでようやく Red Robin が、紅い駒鳥と相成る。紅い駒鳥の謎は解けた。
さて、本題の謎、誰が駒鳥を紅く染めたか?である。実は、駒鳥の名の由来と同じところ(Lack, David, The Life of the Robin., 1953, Penguin Books)に、答えは在る。 Robin は、十字架に架けられたイエス・キリストの痛みを癒すため、歌を歌い、いばらの冠を外そうとして、イエスの血を、胸に浴び紅く染まったという。駒鳥を紅く染めた真犯人はイエス・キリストである。題目の謎が解けたところで、Cock Robin に合掌しつつ、閑話休題。