アブダビから「環境対策の国家プロジェクト」報告 / 鎌倉 上(昭57経)
世界第5位の石油埋蔵量を有し、日量260万バレルの原油を生産している中東の大産油国アブダビ首長国連邦。四年前に亡くなられた先代の首長が石油収入を活用して街の緑化に注力した為、砂漠の土地に緑豊かな町並みが広がるアラビア湾に面した国です。現在日本が輸入している原油の1/4はアブダビ産の原油であり、言い換えれば日本の車の4台に1台はアブダビ原油製のガソリンで走っている計算になります。こうした大産油国が再生可能な新エネルギー開発、環境問題への対応に力を入れている、と聞くとちょっと違和感を持たれるかもしれません。ところが、この大産油国が現在最も力を入れているのが将来の脱化石燃料を見据えた、新エネルギー・環境への対応です。アブダビ政府は2006年に新エネルギー・環境問題に取り組む国家プロジェクト”Masdar” (Masdarとはアラビア語で源の意)を立ち上げました。石油収入から得た豊富な資金を潤沢に注ぎ込み、世界各国の一流技術をもつ企業、学術機関との提携を行いながら新たな技術開発を行い、エネルギーの中心が化石燃料から新エネルギーに移行しても、アブダビが将来に亘ってエネルギーの供給者の中心であり続けることを目指す国家プロジェクトです。いくつかの日本企業も様々な形でこのプロジェクトに関与し、技術革新並びにビジネスの拡大を目指しています。
このMasdarプロジェクトの目玉のひとつは、アブダビに二酸化炭素(CO2)を一切排出しないZero Carbon Cityを建設するプロジェクトです。既にアブダビ空港の横の砂漠に700ヘクタールの土地を確保し、都市の建設準備が始まっています。ガス、石油、石炭等CO2を排出する方法で作られた電力は一切使わず、電力は太陽光、風力発電等の再生可能エネルギー源で賄います。都市の中ではガソリン車の使用は禁止され、移動手段を個人が所有しなくてもよいよう、Personal Rapid Transit と呼ばれる4~5人乗りの小さな車両や、鉄道等、やはり再生可能エネルギーによって作られた電力を動力源とする公共交通機関が張り巡らされる計画です。排水やゴミ等も全て再処理、再利用されNo Waste Cityをも目指しています。
雨もほとんど降らず太陽が一年中降り注ぐ中東ですから、ここは太陽光発電には適した土地だと考えられます。しかし、現在製品化されている太陽光パネルが日中は摂氏50度近くまで気温が上がり、砂埃の舞う砂漠の厳しい自然環境の下で、きちんと設計値通りの性能を発揮出来るのか、耐久性はあるのか、こうした観点からの実証試験作業も昨年から実施されています。砂漠の土地に、現在世界中の太陽光パネルメーカー約20社が提供した太陽光パネルが並び、毎日各社のパネルの発電量が刻々と記録されています。この実証試験を約1年間行い、どの製品が灼熱の中東で最もすぐれた発電効率を示すかを見極める作業が続いています。
Masdarでは更に、アブダビにある製油所、化学プラント、工場等から排出される二酸化炭素を全て集め、これを地中に貯蔵する計画も進めています。またこの二酸化炭素を油田に圧入する事により、原油の回収率を上げるという計画もあります。二酸化炭素による原油の増進回収技術(EOR = Enhanced Oil Recovery)は従来の水等を圧入する方法に比べてより高い原油回収率が期待されると言われています。二酸化炭素の大気中への排出を抑える事で環境問題に対応し、その一方で重要な国家収入源である原油の回収率を上げる、まさにアブダビにとっては一石二鳥のプロジェクトです。
Masdarプロジェクト立ち上げ当時は、果たして中東産油国がどこまで真剣に新エネルギー、環境問題に取り組むのだろうかという疑問の声が聞かれました。しかし、アブダビ首長、皇太子の指導力を中心とした国を挙げての積極的な取り組みには目を見張るものがあります。現在中東の各産油国では高値推移する原油価格から得られる莫大な石油収入で経済ブームに沸いています。ここで得られた巨額の富を国の将来に向けてどのように使っていくのか、同じ中東産油国でもその方向性にはそれぞれの特徴が見らます。アブダビはこれまで国を支えてきたエネルギー供給者という立場を、子、孫の代にまで継承出来るようその足場を着々と固めつつあります。
当地に駐在し、現在のアブダビの動きを見ていると、面積も、また人口も決して大きくないアブダビという中東の小さな首長国が将来に亘り世界に対してその存在感を示し、また世界のエネルギー産業をリードして行くという強い決意が肌で感じられます。石油、ガス等のエネルギー資源をほぼ100%海外からの輸入に頼る日本としては、一つでも多くの日本企業、そして日本の技術がこのプロジェクトに関与し、またこのプロジェクトを上手く活用する事により新たな技術の開発を進め、更には日本の技術が最早避けては通る事の出来ない環境問題への対応にも貢献してくれることを祈っています。