「箱根坐忘山荘での作業合宿に初めて参加して」長谷川輝夫

カーヴの多い箱根の坂道を上り、坐忘山荘に到着すると、すでに草刈り機の唸る音が辺り一帯の空気を震わせていた。建物内の見学は後回しにして、早速、作業衣に着替えた。植樹会員として初心者の私に割り当てられたのは、刈込み鋏を使っての笹の刈り取りだった。笹はどこにと目をキョロキョロさせながら、見つけては刈り取った。先輩会員が行っていた、木に攀じ上って枝を切り落とすプロの庭師並の仕事と較べれば稚戯ともいえる単純な作業である。けれども、いつの間にか刈込み鋏を握る手に力が入っていた。
作業が一段落して門の外に出たとき、温泉発見というハプニングに立ち会うことになった。草むらに少し濡れた部分が見つかり、そこを掘り返したら水が滲み出し、小川となって流れ出したのだった。冷たかったが、温泉であること間違いなしとの福嶋顧問の解説に納得し、路傍の乾いた溝を這うようにして流れる水をしばし眺めていた。土をかけて元に戻そうとの福嶋顧問の提案に誰も反対しなかった。温泉発見の感動を坐忘山荘の滞在者や散策者のために残してやろうとの思いやりからか、それとも水が道路に氾濫することに対する懸念からか。
深夜、床に就き、会員同士の歓談で終わった一日を振り返った。温泉発見の段になると、青春時代に見たベルイマン監督のスウェーデン映画『処女の泉』のラストシーンが思い出された。たしか、愛娘を殺された父親である中世の騎士が犯人への憎悪に苛まれた挙げ句赦す境地に達した瞬間、森の中で泉が湧き出るというシーンだった。泉は「赦し」を象徴していたに違いない、だとすれば、今回の坐忘山荘の門前での温泉発見も、世界の四隅に広がる国際関係の緊張をほぐすために憎悪を「坐して忘れ、赦し合え」とのメッセージではないかなどと考えているうちに、眠気に襲われた。翌朝、強い雨の中を、植樹会の作業で一段と美しさを増した日本式庭園を惜しみながら後にした。

箱根坐忘山荘全景

参加者
如水会 関事務局長
顧問 福嶋農工大名誉教授
植樹会 八藤会長、田崎名誉教授、國持理事、湯川副会長、
岸田夫人、國持夫人、長谷川理事、津田理事、金子理事、河村理事

以上