「レスター・ブラウン氏基調講演 要旨(日本語訳) グローバル化と環境:持続可能な社会の構築」
レスター・ブラウン氏基調講演 要旨(日本語訳)
グローバル化と環境:持続可能な社会の構築
私たちに先行する多くの文明は、ある時点で経済発展が環境的に持続不可能になる状態に陥った。文明によっては、事態を理解し、調整を行った結果生き延びることができ、繁栄さえした。危機を理解できずに、あるいはすばやく調整をしなかったために崩壊した文明もある。
今日の私たちの地球文明も、持続可能でない経済の道を歩みつつあり、今の道を進めば経済の停滞と崩壊につながるだろう。グローバル経済は環境破壊の傾向に蝕まれていると、環境学者は以前から警告してきた。それは、森林破壊、砂漠化、地下水位の低下、土壌浸食、漁業資源の枯渇、温暖化、氷河・氷山の融解、海面上昇、巨大化する台風・ハリケーンに見られる。
どんな社会でも環境を維持するシステムの悪化を無視して生き延びることができないことは明白だ。それにもかかわらず、多くの人々は経済を調整する必要を理解しようとしない。しかし中国から重要な新しい兆候が伝わって来るにつれ、今や状況は変化しつつある。
数十年にわたって米国は世界人口の5%を占めるに過ぎないのに、世界の資源の三分の一を消費してきた。しかし今や中国が基本的な資源の多くで世界一の消費国になっている。食料(穀物と食肉)、エネルギー(石油、石炭)、工業(鉄鋼)、各分野の基本的な商品で、中国は米国をしのぐに至っている(石油はまだ米国の方が多いが)。中国の食肉消費(6800万トン)は米国(3900万トン)の二倍近いし、鉄鋼消費量は二倍以上である(2億5千万トン対1億500万トン)。
中国は、携帯電話、テレビ、冷蔵庫の台数でも米国を上回っている。パソコンと自動車の台数はまだ米国の方が多いが、パソコンは近い将来中国が追い越すであろう。
今挙げたのは、国単位での総消費量(保有台数)である。しかしもし中国が一人当たり消費量で米国の水準に達したらどうなるだろうか。中国が年率8%の経済成長を続ければ、2031年には現在の米国と同じ一人当たり所得に達する。
もし2031年の時点で中国が現在の米国と同じ水準の一人当たり資源消費をすれば、中国14億5千万の国民は世界の穀物生産の三分の二を消費する計算になる。中国の紙の消費だけで今日の世界の紙生産量の二倍に達してしまう。世界の森林は消滅するだろう。
もし中国が現在の米国同様4人で3台の自動車を保有するようになれば、11億台の自動車が必要になる。現在の世界の自動車台数は8億台である。11億台もの自動車に対応するために道路、高速道路、駐車場を建設すれば、中国は現在の稲作面積に匹敵する土地を舗装しなければならない。1日の石油消費量は9900万バレルになる。これは現在の世界の石油生産量日産8400万バレルを越える量で、世界の石油生産量がこれ以上拡大するのは困難だろう。
石油依存、自動車中心社会、使い捨て経済、という欧米型経済モデルは、中国では機能しない。2031年には中国の人口を上回ると予測されているインドでも機能しないだろう。両国以外の発展途上国の住民30億人にとっても、「アメリカ的生活」は夢に終わるだろう。
日々統合が進む現在の世界経済では、世界各国が原油、穀物、鉄鋼を求めて競っており、そのような中では欧米型経済モデルは先進工業国にとっても機能しなくなるだろう。中国の事例は、環境を無視した旧式の経済モデルが余命幾ばくもないことを私たちに教えているのだ。
21世紀初頭の地球文明を維持しようとすれば、再生エネルギー利用、再使用・リサイクル経済、運輸システムの変更を伴った新しい経済に移行しなければならない。これまで通りのやり方を続ける――これを「プランA」と呼ぼう――ことでは地球文明の維持はできない。「プランB」を採用し、新しい経済と新しい世界を築く時期に来ているのだ。
「プランB」は、次の三つの要素からなっている。
(1) 文明を維持できるように、グローバル経済を再構築する。
(2) 発展途上国の参加を促すために世界が総力を挙げて貧困削減と人口安定化の努力をする。
(3) 環境破壊の傾向を逆転するために体系的努力をする。
新しい経済の兆しは世界中で見られる。西欧では風力発電が広まり、日本の住宅の屋根には太陽光発電器が備えられ、米国ではハイブリッド・カーの売り上げが急増している。韓国では山が植林され、アムステルダムでは自転車に優しい街造りが進んでいる。環境保全型経済へ転換するのに必要な技術は、ほとんどがすでにどこかの国で実行に移されているのである。
経済の再構築における最大の変化はエネルギー部門で起きるだろう。二酸化炭素の排出量を削減し、石油依存を軽減しなければならないからだ。過去5年間に石炭・石油の生産量は年率2%でしか伸びなかったのに対して、風力エネルギーと太陽エネルギーの利用は年率30%で拡大している。エネルギー転換はすでに動き出しているが、まだその速度は遅い。
新エネルギー源――風力、太陽電池、太陽熱、地熱、小規模水力、バイオマス(植物)――の中でも風力は新時代への突破口を開きつつある。風力利用で最先端を行くヨーロッパでは、風力発電が4000万人に住宅用電力を供給している。「ヨーロッパ風力エネルギー協会」の予測では、2020年には人口の半分にあたる1.95億人の住宅用電力を風力発電で賄うという。
風力エネルギーが急速に広まっている理由は次の6つである。
(1)豊富に存在。
(2)安価。
(3)使っても減らない。
(4)広い範囲で利用可能。
(5)クリーン。 (6)気候に悪影響を与えない。
これらのすべての利点を兼ね備えている点で、風力エネルギーに及ぶものはない。
米国エネルギー省が1991年に実施した風力資源調査は、風力エネルギーの豊富さをよく示している。それによると、ノース・ダコタ、カンザス、テキサスの3州だけで米国の総電力需要をまかなえるほどの風力エネルギーが存在する。
その後風力発電にさらに改良が加えられたので――弱い風で発電可能になり、また風車の高さが36メートルから91メートルに大型化するなど風力を電力に転換する効率の改善で発電量と安定性が増加――91年のこの調査は風力エネルギーを過小評価していたことになる。
北米、西欧以外の地域でも風力エネルギーは豊富に存在する。東欧、旧ソ連地域、中国、アンデス山脈周辺とアルゼンチン、これらの地域では風力エネルギーが特に豊富である。中国は風力発電だけで現在の発電量の二倍の発電をすることができる。
トウモロコシ生産農家はトウモロコシを原料としたエタノールをガソリンに代わる自動車燃料として推進しているが、それも風力エネルギーには見劣りする。大型の、最先端の風力発電機をアイオワ州北部の0.1㌶の土地に設置すれば、毎年10万ドルの発電ができる。同じ面積の土地でトウモロコシを栽培すれば、40ブッシェル(約900kg)の収穫となり、そこから生産できるエタノールは約100ガロン(380リットル)で、価格にして200ドル程度だろう。
米国の自動車による石油消費量と二酸化炭素排出量を大幅に削減する鍵は、ハイブリッド・カーの普及であろう。昨年米国で販売された自動車の平均燃費は、22マイル/ガロン(9.3km/l)であったが、トヨタ・プリウスは55マイル/ガロン走る。米国が石油安全保障と温暖化防止のために、乗用車全てを今後10年以内にハイブリッド・カーに置き換えれば、ガソリン消費量を半減させることができる。ハイブリッド・カーという現在実現している最も燃費のよい自動車に変えるだけで、乗用車台数も走行距離も減らさずに、ガソリン消費量半減が達成できるのだ。
ハイブリッド・カーを充電可能な蓄電池付きに改良すれば、通勤や買い物利用は電気だけで行える。これでガソリン消費量をさらに20%削減でき、合わせて70%減らせる。風力発電に投資して電気代を下げ、これで自動車を充電すれば、短距離の自動車移動のほとんどを風力発電で賄えることになり、二酸化炭素排出量と石油消費量の両方を大幅に削減できる。
このハイブリッド・カーと風力発電を組み合わせる利点の一つは、蓄電池によって風力エネルギーを貯蔵できるということだ。それが足りなくなったときのバックアップとしてガソリンタンクを使う。コストの安い風力発電を増やし、タイマーをセットして電気需要の小さい午前1時から6時に充電するようにすれば、1ガロン当たり50セント(リッター15円程度)のガソリンを買えるのと同じ価格も実現できる。石油という有限のエネルギーから風力という無限のエネルギーに代わるだけでなく、安いエネルギーでもあるのだ。
持続可能な経済を構築するには、世界中の協力が必要だ。発展途上国の協力を得るには、貧困撲滅と人口安定化が必要である。世界の貧困層に希望を持たせるのである。ジェフリー・サックスが常々強調しているように、世界は貧困撲滅を実現できる資源を持っている。貧困が解消されれば、出生率は低下する。出生率の低下は貧困撲滅を促進する。
貧困撲滅のために必要な主な予算の使い道は次のようなものである。初等教育の完全普及、最貧困層に対する学校給食、村ごとの診療所(予防接種を含む)、世界の全女性に対する性と生殖の保健・家族計画サービスの提供。これを実現するのに毎年680億ドル(7兆8千億円)。
経済の環境維持システムが崩壊していれば、貧困撲滅戦略は成功しないだろう。耕地で土壌浸食が起き、収穫が減少していれば、貧困撲滅はできない。地下水位が下がって井戸が干上がってしまえば貧困撲滅はできない。放牧地が砂漠化し、家畜が死んでしまえば、貧困撲滅はできない。漁場が枯渇し、森林破壊が進み、温暖化によって農作物が熱にやられてしまえば、貧困撲滅はできない。貧困撲滅計画をどんなに緻密に計画し、きちんと実行に移しても、環境破壊が進んでいれば貧困撲滅は成功しないのだ。
貧困撲滅投資と地球再生予算を組み合わせなければならない。地球再生のために、植林、漁場の再生、過放牧の停止、生物多様性の保護、水利用効率の向上(地下水位の低下を防ぎ、川の流れを復活させるため)を実行しなければならない。これらの地球再生予算には年間930億ドル(10兆7千億円)が必要である。
環境保全型経済への転換には追加的な予算は必要ない。たとえば、化石燃料に支出されている補助金を再生エネルギーへの補助金に振り替えるといったような予算の振替で実現できるからだ。エーモリー・ロヴィンスが、米国国防省のために行った『石油ゲームの最終盤』という画期的な研究の中で述べているように、米国は現存の技術を利用してエネルギー消費量を半減させることができ、それによって利益を得るのだ。実際のところ、経済を環境保全型に転換するのに外部からの資金提供は必要ないのだ。
「プランB」の実行には、貧困撲滅のための社会開発予算と地球再生のための環境予算として合計1610億ドル(18兆5千億円)が必要である。このお金は慈善事業に寄付するのではなく、私たちの子供たちが生存できるような世界を残すための投資と考えてほしい。
私たちが経済を持続可能なものに転換できず経済の衰退が始まってしまうとしたら、それは資金が不足していたからではなく、優先順位を古いままにしていたせいである。現在世界の軍事費の合計は年間9750億ドル(112兆1千億円)にも達する。米国の2006年の軍事予算は4920億ドル(56兆5800億円)で、世界の軍事費の半分を占め、その大半は新兵器の開発・生産に向けられている。残念ながら、巨費を投じて開発される新兵器は、テロを抑止したり、環境維持システムの崩壊を食い止めるのには、ほとんど役に立たない。
今日の環境破壊の危険に比べれば、安全保障に対する軍事的脅威は小さなものだ。環境破壊が続けば、現在の経済も地球文明自体も持続不可能になる。新しい脅威には新しい戦略が必要である。環境悪化、気候変動、うち続く貧困、希望の喪失、これらこそが新しい脅威なのだ。
米国の軍事予算は21世紀初頭の地球文明に対する脅威と全く対応していない。米国は4920億ドルの軍事費を削減して1610億ドルの「プランB」予算を全額負担すべきである。1610億ドルを「プランB」に振り替えたとしても、3000億ドル以上の軍事予算は、NATO諸国とロシアと中国の軍事予算の合計を上回るのである。
グローバル経済を環境保全型に転換して経済の停滞と崩壊を回避することは、易しい課題ではない。しかし歴史は私たちに短期間での経済再編が可能なことを教えている。
持続可能な経済への転換に必要な資源のうちで最も足りないのは時間である。気候が変化し、北極・南極の氷が溶けるという事態は環境悪化が後戻りのできない地点にまで来ていることを示している。時間が戻せるのなら戻したいという誘惑に私は駆られる。しかしそれはできない相談だ。時間の進行は人間ではなく自然が決めているのだから。
今こそ決断の時だ。過去の文明が環境問題に直面したときのように、何も変えずに、世界経済が衰退し、やがて崩壊するのを座して待つのか。それとも「プランB」を採用して、持続可能な経済への転換を図るのか。現下の状況では何もしないことは衰退と崩壊への道を突き進むことを決断するのと同じだ。事態の深刻さと私たちがしようとしている決断の決定的性格を伝える正確な言葉を探すのは難しい。急いで事に当たる必要性・緊急性をどうやって伝えればよいのか。明日では遅すぎるのかもしれないのだ。
いずれにせよ、私たちの世代が決断を下すことになろう。このことにほとんど疑いの余地はない。その決断が私たちの後にくる将来世代の生活・生命を左右することになるだろう。